『玉講座その五・発展編』 博士二年 広瀬 雄二 昨年の結びで「ひねり」について説明すると書いたとおり、今回 はひねりについて解説したいと思います。ただしひねりはかなり経 験を積んでもなかなか思うようにいきません。だからといってひね りを使わないでいるといつまでたっても初心者半の域を出ません。 ひねりを使い始めるとしばらくの間全く玉が入らなくなります。ひ ねりを使おうと意識する頃にはそこそこ玉が入るようになっている わけですから、ひねったが故に入らないととてもストレスが溜りま す。そこをこらえてひねりをマスターして下さい。
さて、ひねりは大別して、押し、引き、右ひねり、左ひねり、右 ひねり押し、右ひねり引き、左ひねり押し、左ひねり引き、の八つ があります。さらにどの程度ひねりを加えるかの度合に応じて、球 の中心の位置からタップ(キュー先の玉に接触する部分)の半径分だ けずれた位置を撞くことを「半タップひねり」といい、同様に直径 分だけずれた位置を撞くことを「1タップひねり」といいます。ず らせばずらす程玉の出ていく方向がずれて難しくなりますから最初 は半タップひねりから入るのが良いでしょう。
ところでなんのためにひねるのでしょうか。その理由は二つありま す。一つはネクストを取るため、もう一つはとても薄い玉をねじこ むためです。後者はかなり高度なテクニックで、的玉と接触する時 に手玉の回転摩擦を利用してほぼ真横の角度の方向に的玉を弾かせ ます。しかし実際には極端に難しいため滅多に利用することはあり ません。多くの場合はネクストを取るためにひねり玉を使うのです が、これはひねりを加えた手玉は横方向に回転したままクッション に当たり、回転による摩擦で反射角度が変わるという性質を利用し たものです。クッションと玉との摩擦は玉どうしのものよりもはる かに大きいのでその効果は大きく、かなり手玉の行き先をコントロー ルできます。
ひねりを加える方向を、的玉や、手玉が最初に当たるクッションを 基準として「順ひねり」と「逆ひねり」という表現を用います。的 玉に対する順ひねりとは、的玉の中心より右側をねらう場合にキュー も手玉の右側をずらして撞く時の回転方向を言い、逆ひねりとはそ の反対のケースを言います。一般的には、とはいってもこれはひね りにある程度以上慣れた場合の話ですが、順ひねりよりも逆ひねり のほうが難しいと言われています。今回のビュッヒェルヒェンでは、 ひねる場合のねらい方や作戦(これらは一般のビリヤード入門書に 出ているでしょうから)などには触れず、逆ひねりを考察してみた いと思います。
順ひねりよりも逆ひねりが難しいと言われるのは何故でしょう。ひ ねりの練習を始めたばかりの時はおそらくどちらも同じ程度に難し く、どちらも同じ程度に手玉がねらった方向からずれることでしょ う。しかし慣れるにしたがって、ひねる時の撞き方が変わってくる 上に、心理的作用が撞き出しに大きく働いてきます。
大抵の人はひねりに慣れないうちはまっすぐ撞く時とほとんど変わ らない撞き方で手玉をヒットします。つまり手玉のどの部分を撞く ときも、キューをほとんどまっすぐに撞き出します。この場合キュー と手玉の衝突は玉どうしの衝突と同様、手玉のどこが押されるかに よって手玉の行先が左右されます。このような撞き方を「硬い撞き 出し」といいます。しかしひねりを多用するようになると、次第に 手玉に効果的に回転を加えるコツを覚えてきます。右にひねるとき は、キューが手玉に当たる瞬間にキュー先を右側にすっと逃すよう に、言い換えるとタップと手玉の摩擦で手玉に強制的に回転を加え るような感じで撞けるようになります。このような場合タップと手 玉の接触は弾性衝突ではないので手玉の行先は、タップが手玉のど こに当たったかにはよらず、プレイヤーの意識した方向になります (何故かは分かりませんがどうしてもそうなってしまいます。ねらっ たところとは全然違う方向に撞けといわれても却って難しくてでき ないでしょう)。このような、キュー先を逃がして手玉の方向を調 整し、ひねり具合を大きくする撞き方を「柔らかい」撞き出しとい います。
硬い撞き出しでは手玉の方向がずれるため、そのずれ方を見越して 本来手玉が向かって欲しい方向とはちょっと違う方向にねらいを定 めなければなりません。ひねることにより手玉の行き先がずれてし まうことを「キューずれ」と言い、このずれの大きさ(を計算する こと)を「見越し」と言います見越しはタップのずらし具合が大き ければ大きいほど、手玉を撞く強さが強ければ強いほど大きくなり ます。
逆に、柔らかい撞き出しでは手玉の方向はほとんどずれないので、 「手玉自身の回転により手玉がどの程度カーブするか」と「手玉に 加わった回転による摩擦で的玉の進む方向がどれだけずれるか」の 二点を考慮して撞けば良いのです。どちらも微妙な影響しかありま せんから、二つを考慮することはそれほど難しくはありません。も ちろんこの二つの現象は硬い撞き出しの時にも発生しているのです が、硬い撞き出しでの手玉のずれの大きさに比べると誤差であると いえるほどなのです。
ここまでの説明だと、常に柔らかく撞き出せば良いではないかと思 われることでしょう。その通りです。その通りなのですが、実際に は
個人差はありますが、ひねる場合の柔らかい撞き出しは、実は無意 識のうちにマスターするものなのです。次第に硬い撞き出しから柔 らかい撞き出しに変わっていくので、柔らかい撞き出しと硬い撞き 出しを意識して使い分けることは意外に難しいことです。さらに、 多くのシチュエーションでは順ひねり(あるいはひねりなし)でネク ストをとることができるため、逆ひねりよりも順ひねりの方が撞く 機会が多く上達も早くなります。また、ひねりを覚えている時に助 言を与える人も「逆ひねりは難しいから順にひねってこうやってネ クストを取った方がいいよ」などと言うことがあるので、いっそう 逆ひねりの玉を撞く機会は少なくなります。
もう一つの問題点、柔らかい撞き出しができない時にはどうしても できないというのはなぜでしょう。これはおそらく次のような仕組 みによると考えられます。
実際にひねりを加えつつ的玉をねらう時を想像してみましょう。あ なたは手玉の右側を撞いて右ひねりを加えようとしています。的玉 は左方向に弾かせたいので、的玉の右側に当てようとしています。 つまり順ひねりです。この時撞き終わったキューは見えている的玉 をうまく避けるような方向に逃げて行きます。これは「逃がす」と いう行為の意識が、手玉と的玉の両方に素直に対応します。今度は 逆に、的玉を右方向に弾かせるため、的玉の左側に当てるような狙 い方をしている場合、すなわち逆ひねりを加えようとしている場合 はどうでしょう。この場合は視線よりも右側に的玉が見えているた め、キュー先を右に逃すということは的玉のある方向にキューを持っ て行くことにほかなりません。これは「逃がす」という直感とは逆 のものなのでスムーズにキューを運ぶことの障害となります。これ が逆ひねりを難しくしている原因です。もちろん最初から逆ひねり と順ひねりを均等に練習していればこのような障害は避けられるで しょうが、最初からプロになることを意識して練習しているような 場合でない限り、均等にというのは困難でしょう。
それでは運悪く逆ひねりだけ不得手になってしまった場合にどうし たら良いか説明します。本来、順ひねりも逆ひねりも手玉に回転を 与える点、手玉に若干のカーブを生じさせる点、的玉に回転摩擦を 与える点どれを取ってもまったく等価であるはずです。これを心に 強く念じます。そして順ひねりの時に最大限のひねりを加えるよう な撞き方をしてみて、自分自身でこれを良く観察します。おそらく キュー先を豪快に横方向にずらして、回転を与えるという意識を目 一杯注ぎ込むような撞き方をしているでしょう。この撞き方を全く 同じように逆ひねりの玉でやって見せれば良いのです。が、いきな りにはできないでしょう。最初は的玉を置かずに練習します。左ひ ねりの逆ひねりを克服する場合を想定します。フットスポット(ゲー ムで最初に玉を組むところにあるスポット)とセンタースポットの 中間に手玉を置きます。このビュッヒェルヒェンの冊子をテーブル に見立て、左ページの中央をフットスポットとすると、手玉はその 位置とページの折り目の中間に位置することになります。さてこの 位置から左上のクッション、左ページ上端を狙います。クッション に入れる位置は左ページの左端から四分の一あたりです。この玉は 第一クッションに対して順ひねり(反射角が広がるような回転)で入 るので素直に順ひねりの柔らかい撞き出しで撞けるはずです。これ を何回かやってイメージをつかんだあとで手玉とクッションの間の、 手玉からクッションに向かって三分の二の位置に的玉を置きます。 このような配置で逆ひねりを用いることが多いことはある程度実践 経験を積んでいる人ならば良く知っていることでしょう。まずはじ めは的玉を左上のポケットに入れることは考えず、的玉があること も忘れてクッションに順ひねりで入れるというだけのつもりで撞い てみます。的玉は見ないほうが良いでしょう。クッションに注目し てキューを効かせて撞きましょう。何度かやっているうちに本当に 的玉の存在を忘れて柔らかい撞き出しができてくるはずです。それ ができたら今度は的玉を左上コーナーにポケットインさせることを 意識します。最初に的玉を見てコーナーに入るように厚みを合わせ ます。この時いままで逆ひねりで撞く時に考えていたような見越し を取ってはいけません。柔らかい撞き出しができれば手玉の方向は ずれないのですから。素直に厚みを合わせたら、的玉から目をそら し先程と同様第一クッションに注目しながら手玉を撞きます。的玉 を見なければなんとか順ひねりで撞けるでしょう。どうしても的玉 が目に入ってしまって硬い撞き出しになってしまうことがしばしば あるでしょうが、何度か繰り返しているうちに手玉に回転を与える ことに意識の重点が移り、(的玉に対する)逆ひねりという心理的抵 抗は薄らいでくるでしょう。これができたら今度は玉の配置を上下 逆にして右逆ひねりの練習をします。両方とも、キューずれによる 見越しをほとんど取らなくて良いほど柔らかく撞けるようになるま で練習したら、玉の配置をいろいろ変えて向こうに見えるクッショ ンに頼らなくて良いようにします。ここまでできたら苦手克服完了 です。
話は変わりますが、スリークッションというゲームがありこれはキャ ロム系のゲームと言いポケットのないスリークッション専用の大き めのテーブルでプレイします。三つのボールを使い、そのうち一つ の手玉を残る二つの手玉に当てるのが目的ですが、最初の的玉に当 たってから次の的玉に当たるまでに最低三回クッションに手玉が入 らなければ得点とみなされません。キャロム系のゲームでは手玉の 行方に注目するので、手玉のひねりは全てクッションに対して順か 逆かで考えられます。キャロム系ゲーム出身者に逆ひねりに対する 苦手意識が見られないことから発見したのがこれまで繰り広げた苦 手意識の説明です。
今回はひねり玉を撞く時の心構えという非常に繊細な話題でしたが、 逆ひねりの克服は上達して行く上でぶつかる技術的な壁で一番高い ものであると思います。順・逆という意識を開放した上で手玉に与 える回転に集中して撞く。これが壁を越えるための第一歩なのです。